鹿児島県ƒeƒXƒg‚O‚P感応寺 (出水市) 鹿児島県出水市野田町字下名5735番地   相国寺派  
感応寺(かんのうじ)は、鹿児島県出水市野田町下名にある臨済宗相国寺派の寺院である。山号は「鎮国山」。 写真サイトCANON iMAGE GATEWAYの日本人なら一度は訪れたい寺「名刹巡礼 古寺 100選」に選ばれた。

興詮寺 鹿児島県薩摩郡さつま町広瀬1175   浄土真宗本願寺派  
興詮寺(こうせんじ)は鹿児島県薩摩郡さつま町広瀬にある浄土真宗本願寺派の寺院。 永仁5年(1297年)有力国人であった渋谷氏が建立した観音堂が発祥で、応永5年(1398年)に現在地に移転し、禅寺となった。江戸時代はこの地の私領主であった島津氏分家・佐志家の菩提寺であった。 鹿児島県は廃仏毀釈運動が最も盛んな地の一つであったが、この寺は珍しく難を逃れた寺で、現在では鹿児島県下で江戸時代以前の建造物を持っている数少ない寺の一つである。 本堂内陣は室町時代に建てられたころの原形を保っており平成12年(2000年)に鹿児島県指定文化財になった。

紹隆寺 鹿児島県姶良市平松6190-4    
紹隆寺(しょうりゅうじ)は、鹿児島県姶良市平松にある曹洞宗永平寺の鹿児島出張所。

大慈寺 (志布志市) 鹿児島県志布志市志布志町志布志二丁目1番19号   妙心寺派  
大慈寺(だいじじ)は、鹿児島県志布志市志布志町志布志二丁目にある臨済宗の寺。山号は龍興山。当初は東福寺の末寺であったが後に妙心寺の末寺に転じた。

泰平寺 (薩摩川内市) 鹿児島県薩摩川内市大小路町48-37    
泰平寺(たいへいじ)は鹿児島県薩摩川内市大小路町にある真言宗の寺。正式名「医王山正智院泰平寺」。本尊は薬師如来。

頂峯院 鹿児島県いちき串木野市生福7647   高野山真言宗  
頂峯院(ちょうぼいん)は鹿児島県いちき串木野市の冠岳にある高野山真言宗寺院。正式名「冠嶽山鎭國寺頂峯院(かんがくざん ちんごくじ ちょうぼいん)」。

中島常楽院 鹿児島県日置市吹上町田尻   天台宗  
中島常楽院は鹿児島県日置市吹上町にある寺院。宗派は天台宗。

妙円寺 (日置市) 鹿児島県日置市伊集院町徳重521番地   曹洞宗  
妙円寺(みょうえんじ)は、鹿児島県日置市伊集院町徳重にある曹洞宗の寺院である。山号は「法智山」。

一乗院 (南さつま市) 薩摩国川辺郡坊泊郷坊村(現 鹿児島県南さつま市坊津町坊)    
一乗院(いちじょういん)は現在の鹿児島県南さつま市坊津町坊(門前)にかつて存在していた真言宗の寺院。山号は如意珠山であった。鹿児島県指定史跡。

大隅国分寺跡    
大隅国分寺跡(おおすみこくぶんじあと)は、鹿児島県霧島市国分中央にある寺院跡。国の史跡に指定されている。 奈良時代に聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、大隅国国分僧寺の寺院跡にあたる。

観音寺 (南さつま市)    
観音寺(かんのんじ)は、鹿児島県南さつま市金峰に存在した、真言宗の寺院。正式名は金峰山 観音寺 金蔵院。

広済寺 (日置市) 薩摩国日置郡伊集院郷郡村[注釈 1])    
広済寺(こうさいじ)は、かつて薩摩国日置郡伊集院郷郡村に存在した臨済宗の寺院である。「廣済寺」とも記されている。山号は「泰定山」。

西福寺 (南九州市)    
西福寺(さいふくじ)は、鹿児島県南九州市知覧町にかつてあった曹洞宗の寺院である。山号は極楽山、旧名は松峯院であった。 島津氏の分家である佐多氏の菩提寺として覚隠和尚を開山として作られる。当初は佐多氏の領地である佐多(現南大隅町)に建てられたが、4代当主・佐多親久が知覧に移封された時に寺も一緒に引っ越した。 明治2年の廃仏毀釈の時に廃寺となり、跡地には現在に至るまでの佐多氏当主と一族の墓が残っている。

薩摩国分寺跡    
薩摩国分寺跡(さつまこくぶんじあと)は、鹿児島県薩摩川内市国分寺町にある寺院跡。聖武天皇の命で全国におかれた国分寺の一つ。国の史跡。

日新寺   曹洞宗  
日新寺(じっしんじ)はかつて鹿児島県川辺郡武田村(後、加世田市となり、現在南さつま市加世田武田)に存在していた曹洞宗の寺。山号は龍護山、本尊は釈迦如来であった。太平山常珠寺の末寺であった。かつて境内には、常潤院が存在した。

正龍寺 (指宿市)    
正龍寺(しょうりゅうじ)はかつて鹿児島県指宿市山川に存在した臨済宗の寺。 伊集院の広済寺の末寺で薩南学派の学問寺として栄えた。近世日本朱子学の祖といわれる藤原惺窩が山川港から明への渡航を企てた際にこの寺に滞在し、この寺に所蔵されていた桂庵玄樹、南浦文之による「大学章句」を読んで明への留学をやめたと言われるほどの寺であったが、1869年(明治2年)の廃仏毀釈の前にはなす術無く廃寺となった。その後、墓地も放置され荒れた状態が続いていたが、戦後になって整備され、墓石の一部は「旧正龍寺跡墓石群」として指宿市指定有形文化財となっている。 現在同じ町内に同名の寺があるが、宗派は浄土真宗であり、全く別の寺である。 山川港は琉球との貿易港であり、正龍寺の住職は対琉球交渉の担当者でもあった。その関係もあって、江戸時代にこの地で客死した沖縄の人はこの寺に埋葬される慣例があった。

宗功寺公園    
宗功寺公園(そうこうじこうえん)は、鹿児島県薩摩郡さつま町虎居にある墓園。

大通寺 (南九州市)    
大通寺(だいつうじ)は、鹿児島県南九州市にかつて存在していた臨済宗の寺。

多宝寺 (日置市) 薩摩国阿多郡伊作郷中原村(現 鹿児島県日置市吹上町)    
多宝寺(たほうじ)は、かつて薩摩国阿多郡伊作郷中原村(現 鹿児島県日置市吹上町)に存在した臨済宗の寺院である。山号は仏母山で、本尊は薬師如来であった。

長善寺 (枕崎市)    
長善寺(ちょうぜんじ)は鹿児島県枕崎市にかつて存在した曹洞宗の寺。山号は「福寿山」であった。 元々は喜入にあった寺を移転したという説と、元からこの地にあったという説があって判然としない。島津氏分家の一つ・喜入氏の菩提寺であり、喜入氏がこの地に移された慶長6年(1601年)以降、喜入氏の菩提寺として栄えた。しかし明治2年の廃仏毀釈で廃寺となった。跡地は学校として再利用されたが、その学校も移転・廃校となったため、現在は喜入氏歴代の墓だけが残るだけとなっている。 喜入氏歴代の墓には鹿児島県では珍しい土饅頭型の墓が3基見られる。

宝光院 (南九州市)    
宝光院(ほうこういん)は、かつて鹿児島県南九州市川辺町に存在した寺。宗派は真言宗であった。

宝満寺 (志布志市) 鹿児島県志布志市志布志帖    
宝満寺(ほうまんじ)は、鹿児島県志布志市志布志帖にあった律宗寺院。正式名は「律宗秘山密教院宝満寺」と称した。鹿児島県指定史跡。

米山薬師 (姶良市)    
米山薬師(よねやまやくし)は鹿児島県姶良市鍋倉にあった、薬師如来を祀る仏堂である。明治の廃仏毀釈で仏堂は破壊され、現在は正式には米山神社となっている。薩摩藩の三薬師(米山薬師・門倉薬師・高岡法華嶽寺の薬師)のうちの一つとされている。別府川の川の脇にある小高い山の上に存在し、堂の前からは姶良町南部の平野地帯を一望にすることができる。

来迎寺 (いちき串木野市)    
いちき串木野市(いちきくしきのし)は、鹿児島県の本土西部に位置する市である。 吹上浜の北端に位置し、かつては金山と遠洋マグロ漁業が栄えていた。

最福寺 (鹿児島市) 鹿児島県鹿児島市平川町4850   単立  
最福寺(さいふくじ)は鹿児島県鹿児島市平川町にある単立の寺院。山号は烏帽子山。本尊は不動明王。

浄光明寺 (鹿児島市) 鹿児島県鹿児島市上竜尾町2-1   時宗  
浄光明寺(じょうこうみょうじ)は、鹿児島県鹿児島市上竜尾町にある、清浄光寺(遊行寺)を本山とする時宗の寺院である。鎌倉・扇ガ谷にある真言宗の寺院・浄光明寺とは関係はない。

南洲寺 鹿児島県鹿児島市南林寺町   臨済宗相国寺派  
南洲寺(なんしゅうじ)は、鹿児島県鹿児島市南林寺町にある臨済宗相国寺派の寺。1876年(明治9年)10月、相国寺の管長・荻野独園により大本山相国寺仮出張布教所として設立。明治11年11月、旧松原山南林寺の一角に移転後、相国寺鹿児島別院として建立。1907年(明治40年)、すでに亡くなっている南洲翁(西郷隆盛)を勧請開基とし南洲寺と改名。

不断光院 鹿児島県鹿児島市易居町1-10   鎮西派  
不断光院(ふだんこういん)は、鹿児島県鹿児島市易居町にある浄土宗知恩院の末寺。

本願寺鹿児島別院 鹿児島県鹿児島市東千石町21番38号   浄土真宗本願寺派  
本願寺鹿児島別院(ほんがんじかごしまべついん)は、鹿児島県鹿児島市東千石町にある浄土真宗本願寺派の直属寺院(別院)である。

皇徳寺 (鹿児島市) 鹿児島県鹿児島市山田町    
皇徳寺(こうとくじ)は薩摩国谿山郡谷山郷山田村(現 鹿児島県鹿児島市山田町)にあった曹洞宗の寺院。 鹿児島市の町名「皇徳寺台」はこの寺院名に由来している。

慈眼寺 (鹿児島市) 薩摩国谿山郡谷山郷下福元村    
慈眼寺(じげんじ)はかつて鹿児島県鹿児島市下福元町に存在した曹洞宗の寺。現在は市営の「慈眼寺公園」となり、桜や紅葉の名所として市民に親しまれている。

心岳寺 鹿児島県鹿児島市吉野町   曹洞宗  
心岳寺(しんがくじ)は、かつて大隅国姶良郡帖佐郷脇元村竜ヶ水(現在の鹿児島県鹿児島市吉野町)に存在した曹洞宗の寺。釈迦如来を本尊とした。廃仏毀釈で廃絶し、現在では神道の平松神社として現地に所在する。

清泉寺 (鹿児島市)    
清泉寺(せいせんじ)はかつて鹿児島市下福元町に存在した曹洞宗の寺。

大乗院 (鹿児島市)    
大乗院(だいじょういん)はかつて鹿児島市稲荷町に存在していた真言宗の寺。

南林寺 (鹿児島市) 薩摩国鹿児島城下松原通町   曹洞宗  
南林寺(なんりんじ)は、薩摩国鹿児島城下松原通町(現在の鹿児島県鹿児島市南林寺町)にかつて存在した曹洞宗の寺院。山号は「松原山(しょうげんさん)」であった。

福昌寺 (鹿児島市) 薩摩国鹿児島郡鹿児島城下池之上町(現・鹿児島県鹿児島市池之上町)   曹洞宗  
福昌寺(ふくしょうじ)は、薩摩国鹿児島郡鹿児島城下池之上町(現在の鹿児島県鹿児島市池之上町)に存在した曹洞宗の大寺。薩摩藩主島津氏の菩提寺であったが、廃仏毀釈により明治2年に廃寺となった。山号は「玉龍山」であった。曹洞宗大本山總持寺の御直末である。