| 602.新淀川大橋 |
| 新淀川大橋(しんよどがわおおはし)は、大阪府大阪市北区豊崎と淀川区西中島を結ぶ淀川に架かる国道423号(新御堂筋)、大阪市高速電気軌道 (Osaka Metro) 御堂筋線の橋梁である。大阪市の中心部と新大阪・千里ニュータウン方面を結ぶ動脈の橋であるため交通量・運行本数は多い。浪速の名橋50選に選定されている。 |
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| 603.住吉反橋 |
| 住吉反橋(すみよしそりはし)は、大阪市住吉区の住吉大社境内に架かる橋である。 |
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| 604.雪鯨橋 |
| 雪鯨橋(せつげいきょう)は、大阪府大阪市東淀川区の瑞光2丁目にある瑞光寺境内の弘済池に架かる橋である。地元では「くじら橋」とも呼ばれる。 |
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| 605.千本松大橋 |
| 千本松大橋(せんぼんまつおおはし)は、大阪府道5号大阪港八尾線の大阪市大正区南恩加島3丁目 - 大阪市西成区南津守2丁目間の木津川に架かるループ橋である。両端部の2階式螺旋状坂路(720度ループ)を含めて道路長は1228 mあり、橋の形状をメガネに見立てることから、地元ではめがね橋の愛称で呼ばれる。 |
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| 606.大正橋 (大阪市) |
| 大正橋(たいしょうばし)は、大阪府大阪市大正区三軒家東1丁目と同市浪速区幸町3丁目・木津川1丁目とを結ぶ、木津川に架かる千日前通の橋である。橋長80 mで、連続桁橋の形状を採っている。 この付近は船舶の出入が多いため無橋地帯だった勘助島(後の大正区)へ向けて最初に架けられた橋で、市中心部と大阪市電で結ばれた結果、アクセスが飛躍的に向上し、区名の由来となった橋でもある。現在の橋は2代目で、初代の橋は完成当時において日本一の支間長を誇るアーチ橋だった。しかし橋梁技術が未熟な時代の橋であったことなどから想定外の変形が発生し、補修・補強が繰り返されたものの、結局は架け替えが行われた。 |
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| 607.玉江橋 (大阪府) |
| 玉江橋(たまえばし)は、大阪府大阪市の堂島川に架かるなにわ筋の橋である。浪速の名橋50選にも選ばれている。 |
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| 608.玉津橋 |
| 玉津橋(たまつばし)は、大阪市の平野川に架かる道路橋。 東成区の旧暗越奈良街道の道筋に架かっている。土木学会の浪速の名橋50選に選定されている。 1735年(享保二十年)の摂津史に橋の名が記されていることから、江戸時代初期には既に架けられていたとされる。「玉津」とは、玉造の港という意味で、付近に船着場があったことが名称の由来であるといわれている。江戸時代には平野川、猫間川の水運が盛んで、周辺は街道と交わる交通の要所として賑わっていた。 大正時代の頃の橋の構造は、橋板に丸太を並べてその上に粘土を敷き詰めた土橋で、鉄製の欄干が配置されていた。1968年(昭和43年)に架け替えられた際には橋の構造高を低くするためにプレビーム桁が日本で初めて採用された。 |
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| 609.田蓑橋 |
| 田蓑橋(たみのばし)は、大阪府大阪市北区にある、堂島川(旧淀川)に架かる橋。大阪市北区堂島3丁目と中之島3丁目を結んでいる。 北詰に大阪中之島合同庁舎、NTTテレパーク堂島、南詰にダイビル本館などがある。 |
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| 610.筑前橋 |
| 筑前橋(ちくぜんばし)は、大阪市の土佐堀川に架かる市道筑前橋筋線の橋。 大阪市北区中之島3丁目・4丁目と西区土佐堀1丁目の間を結んでいる。 橋の北側には国立国際美術館と大阪市立科学館がある。 |
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| 611.千歳橋 (大阪市) |
| 千歳橋(ちとせばし)は、大阪市大正区の大正内港に架かる橋。2003年(平成15年)4月開通し、土木学会田中賞を受賞した。 千歳橋は、大正区鶴町〜同 北恩加島間への架橋により、市内中心部への交通を遠回りせざるを得なかった鶴町地区の交通の便を改善するとともに、大正通の交通混雑を緩和する目的で設置された。 大浪通を延長する形で架橋され、大正通の終端に接続している。 主橋梁部はアーチ橋とトラス橋が融合した2径間連続非対称ブレースドリブアーチ橋であり、鮮やかな青色に塗られている。 |
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| 612.常吉大橋 |
| 常吉大橋(つねよしおおはし)は、大阪市此花区常吉と舞洲を結ぶ大阪港に架かる橋。 塔が1基の斜張橋として日本国内最大規模である。また、非対称構造であることが、特徴である[1]。 座標: 北緯34度40分15秒 東経135度24分28秒 / 北緯34.67083度 東経135.40778度 / 34.67083; 135.40778 |
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| 613.伝法大橋 |
| 伝法大橋(でんぽうおおはし)は、大阪市西淀川区福町と此花区伝法間の淀川に架かる橋である。国道43号(第二阪神国道)に指定されている。この記事では並行して架けられている新伝法大橋についても記述する。 |
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| 614.天保山大橋 (大阪府) |
| 天保山大橋(てんぽうざんおおはし)は、安治川の河口に架かる斜張橋。大阪市港区築港と同市此花区桜島とを結んでおり、阪神高速5号湾岸線の一部となっている。 |
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| 615.堂島大橋 |
| 堂島大橋(どうじまおおはし)は、大阪市のあみだ池筋(市道堂島十三線)の堂島川(旧淀川)に架かる、堂島と中之島とを結ぶ橋。 大阪市福島区玉川1丁目・福島3丁目と北区中之島5丁目・6丁目の間を結んでいる。 橋の南側には大阪国際会議場(グランキューブ大阪)と京阪中之島線中之島駅がある。 |
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| 616.土佐堀橋 |
| 土佐堀橋(とさぼりばし)は、大阪市の土佐堀川に架かるあみだ池筋の橋。大阪市北区中之島5丁目・6丁目と西区土佐堀2丁目・3丁目の間を結んでいる。 橋の北側には住友病院が、南側には三井倉庫(薩摩藩蔵屋敷跡)ある。 |
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| 617.豊里大橋 |
| 豊里大橋(とよさとおおはし)は、淀川に架かるA型斜張橋で、大阪府大阪市東淀川区豊里と旭区太子橋とを結ぶ、全長561.4m、幅員19.5mの橋。正式な構造名称は、3径間連続鋼床版箱桁A型斜張橋と呼ばれるものである。国道479号(大阪内環状線)の一部である。浪速の名橋50選選定。 日本万国博覧会の関連道路の一環として整備され、1970年(昭和45年)に完成した。当時、大阪市では初めての本格的な斜張橋で、中央支間216mは当時日本最長であった。しかし、1975年(昭和50年)に中央支間250mの末広大橋(徳島県徳島市)が完成し、記録が破られた。 その後建設された、Osaka Metro今里筋線が豊里大橋の地下を通過している。 |
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| 618.長柄橋 |
| 長柄橋(ながらばし)は、淀川に架かるアーチ橋である。大阪市北区本庄東と大阪市東淀川区柴島とを結ぶ全長656.4m、幅員20mの橋である。 大阪府道・京都府道14号大阪高槻京都線の一部である。浪速の名橋50選に選定されている。 |
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| 619.なみはや大橋 |
| なみはや大橋(なみはやおおはし)とは、大阪市港区と大正区を結ぶ、尻無川に架かる全長1,740mの橋。大阪市道路公社が尻無川新橋有料道路として1995年2月供用開始し管理していたが、2014年4月1日に大阪市道路公社の解散に伴い無料開放された[1]。海岸通(大阪府道5号大阪港八尾線)の一部であり、徒歩でも渡れる。 |
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| 620.南港大橋 |
| 南港大橋(なんこうおおはし)は、大阪府大阪市住之江区南港にある南港水路を跨ぐ橋である。 大阪南港東高架橋(おおさかなんこうひがしこうかきょう)についても記述する。 住之江区南港中3丁目・南港東5丁目と南港南2丁目・南港東4丁目の間を結んでいる。 橋の中央部には阪神高速4号湾岸線とニュートラム南港ポートタウン線が通っているため、北行き車線と南行き車線が分離している。どちらも、片側4車線の道路となっている。 架橋地が埋め立て地であるため、地盤が軟弱であり、基礎工事は困難を極めた。整地用のブルドーザーが一夜で地中に埋まってしまい、盗難騒ぎになった逸話がある。 一方、大阪南港東高架橋は、すでに架橋された南港大橋の間を通すため、単弦ローゼ橋を採用し、さらに下側に鉄道橋(ニュートラム線)を吊り下げた珍しい構造となっている。 |
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| 621.錦橋 (土佐堀川) |
| 錦橋(にしきばし)は、大阪市の土佐堀川に架かる歩行者専用橋。 かつては可動堰として機能し、土佐堀川可動堰とよばれた。 大阪市西区江戸堀1丁目~北区中之島2丁目間に架かる。すぐ西(下流)に肥後橋(四つ橋筋)が架かっている。 |
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| 622.日本橋 (大阪市) |
| 日本橋(にっぽんばし[注 1])は、大阪府大阪市中央区・浪速区の町名および周辺の地域名称。または道頓堀川に架かる堺筋の橋。現行行政地名は日本橋一丁目から日本橋五丁目。日本橋一丁目および日本橋二丁目が中央区、日本橋三丁目から日本橋五丁目が浪速区に属する。区によって町名が分断されている大阪市の町としては、他に上汐(1・2丁目が中央区、3~6丁目が天王寺区)・万代(1丁目が阿倍野区、2~6丁目が住吉区)がある。 |
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| 623.端建蔵橋 |
| 端建蔵橋(はたてくらばし)は、大阪府大阪市の土佐堀川に架かる橋。大阪市北区中之島6丁目と西区川口1丁目・2丁目の間を結んでいる。 北詰で船津橋(堂島川)、南詰で昭和橋(木津川)と接しており、北東袂に阪神高速3号神戸線の中之島西入口が設置されている。 |
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| 624.阪東大橋 |
| 阪東大橋(ばんどうおおはし)は、大阪府大阪市の大阪内環状線(国道479号)の橋である。 鶴見区放出東2丁目と城東区諏訪1丁目を結んでおり、第二寝屋川とJR片町線(学研都市線)を越える橋である。川以外に線路も越えていることから、跨線橋でもあり、高い位置を通る。付近には、第二寝屋川と片町線を交差できる道路が少ないため、主要な交通路となっている。 また、橋の中央部にT字の交差点があり、東へもう一つ道路が伸びているという珍しい形態となっている。この道路は放出駅南口に通じており、放出駅の改良・橋上駅舎化および駅南口の再開発に合わせて、アプローチ道路と阪東大橋上にT字交差点が設置された。 大阪シティバスが通行しており、橋の北側には「放出住宅前」バス停が、南側には「諏訪二丁目」バス停が設置されている。なお、バスは放出駅南口には乗り入れていない。 |
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| 625.肥後橋 |
| 肥後橋(ひごばし)は、大阪市西区土佐堀1丁目と北区中之島2丁目を結ぶ、土佐堀川に架かる四つ橋筋の橋。橋の周辺は高層ビルが林立する大阪有数のオフィス街のため、橋そのものより、周辺一帯を指す名称として使用されることが多い。橋の南詰に肥後橋駅がある。 |
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| 626.飛翔橋 |
| 飛翔橋(ひしょうばし)は、大阪府大阪市都島区と北区の間の大川(旧淀川)に架かる歩行者専用橋。 大川を橋脚なしで越えるためアーチスパンが長くなり、さらに橋の西側の一部が阪神高速道路守口線の下をくぐる関係でアーチライズ比(高さ/長さの比)が小さくなる構造的な制限を受けたため、アダムスキー型円盤のようなシルエットを持つ二重アーチ構造になっている。飛翔橋の名称は、「UFOを思わせ、どこかへ飛び立つようなイメージ」から名付けられたとされる。 座標: 北緯34度42分40.2秒 東経135度31分15.3秒 / 北緯34.711167度 東経135.520917度 / 34.711167; 135.520917 |
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| 627.船津橋 |
| 船津橋(ふなつばし)は、大阪府大阪市の堂島川(旧淀川)に架かる橋。大阪市北区中之島6丁目と福島区玉川1丁目・野田4丁目の間を結んでいる。 南詰で端建蔵橋(土佐堀川)と接する。 |
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| 628.本庄水管橋 |
| 本庄水管橋(ほんじょう すいかんきょう)は、かつて大阪市北区豊崎と淀川区西中島間を結び、淀川に架かっていた大阪市水道局の水管橋。淀川右岸にある柴島浄水場から淀川左岸の大阪市の都心部へ送水する配水幹線として運用するため、1911年(明治44年)に架設された[1]。 橋長296m、スパン36m、8径間の鋼単純プラットトラス橋には、口径42インチ(1,067mm)と口径45インチ(1,143mm)の2条の大口径鋼管が添架されていた[1]。橋脚は高さ15.4mのレンガ積躯体で、その上に高さ4.6mの鋼製トラスが設置されていた。添架されていた鋼管は、明治時代後期に国内で製造され始めたばかりのリベット接合鋼管であり、それぞれの鋼管はフランジ接合されていた[1]。 |
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| 629.緑橋 (大阪市) |
| 緑橋(みどりばし)とは、大阪府大阪市東成区にあるOsaka Metro緑橋駅および駅上にある緑橋交差点周辺地域の名称。そばを流れていた用水路・千間川に架かっていた緑橋にちなむ。 かつては中央大通の西側から大阪市電、今里筋には大阪市営トロリーバスが走っており、大阪都心部と大阪市東部を連絡する交通上の拠点となっていた。この機能は、現在地下鉄中央線・今里筋線が代替しているといえる。 現在中央大通は、緑橋交差点でオーバーパスしている。その上に阪神高速13号東大阪線の高架があることから、二重高架となっている。これは、同じ中央大通上にあり隣の駅でもある深江橋交差点と同じ構造である。 |
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| 630.港大橋 |
| 港大橋(みなとおおはし)は、大阪府大阪市港区海岸通3丁目と住之江区南港東9丁目を結ぶ全長980mのトラス橋である。トラス橋としての中央径間510mは日本最長で、世界第3位の長さである。 |
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| 631.湊橋 (土佐堀川) |
| 湊橋(みなとばし)は、大阪市北区中之島6丁目と大阪市西区土佐堀3丁目を結ぶ、土佐堀川に架かる新なにわ筋(大阪府道29号大阪臨海線)の橋。 |
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| 632.都島橋 |
| 都島橋(みやこじまばし)は、大阪府大阪市北区と都島区を結ぶ大川に架かる都島通の橋。 最初の橋は大正11年(1922年)に大阪市道大阪環状線の橋として架けられ、同時に大阪市電梅田善源寺町線の軌道が敷設された。現在の橋は昭和31年(1956年)に竣工している。市電は昭和44年(1969年)に廃止された。 |
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| 633.夫婦橋 |
| 夫婦橋(めおとばし)は、大阪府大阪市北区天神橋の天満堀川にかつて存在した橋。 夫婦橋が架かる以前にあった「夫婦池」(みょうといけ)はこの地域の愛称としても知られている[1]。 |
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| 634.大和橋 |
| 大和橋(やまとばし)は、大阪府内の大和川に架かる橋。 「浪速の名橋50選」に選定されている。 |
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| 635.夢舞大橋 |
| 夢舞大橋(ゆめまいおおはし)は、大阪市此花区の大阪北港地区にある2つの人工島「夢洲」と「舞洲」の間に架かる橋梁。 世界初の浮体式旋回可動橋。 2009年8月1日の夢咲トンネルの開通により一般車も通行できるようになった。 |
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| 636.淀川大橋 |
| 淀川大橋()は、大阪府大阪市福島区海老江と西淀川区姫里を結ぶ淀川に架かる国道2号の橋。阪神間の主要道路の橋であるため交通量は多い。歩行者専用の道路もある。浪速の名橋50選に選定されている。淀川陸閘が左右岸にある。この橋の下(地下)にJR東西線が通っている。 |
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| 637.淀川橋梁 (おおさか東線) |
| 淀川橋梁(よどがわきょうりょう)は、大阪府大阪市東淀川区東淡路1丁目と都島区大東町3丁目を結び[1]、淀川に架かる、西日本旅客鉄道(JR西日本)おおさか東線の鉄道橋である。通称は赤川鉄橋[2]、地元では「じゅうはちもんてっきょう」、「あかがわのてっきょう」とも呼ぶ[3]。 |
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| 638.緑地西橋 |
| 緑地西橋(りょくちにしばし)は、大阪府大阪市鶴見区にある大阪市道に架かる道路橋である。 |
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| 639.猪甘津橋 |
| 猪甘津橋(いかいつのはし)は、『日本書紀』に記述されている橋。後継の橋は存在していないが、文献で登場する木造橋としては日本最古[1]。 |
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| 640.国津橋 |
| 国津橋(くにつばし)は、かつて大阪府大阪市西区に存在していた橋の名前である。 1684年(貞享元年)、淀川の治水工事として河村瑞賢により直線状の安治川が開削された。新しい河道が新川と呼ばれたのに対し、旧河道は古川と呼ばれるようになった。国津橋はこの古川に架かっていた橋である。 付近には1915年(大正4年)に建てられた河村瑞賢紀功碑がある。また、同年に大阪市電松島安治川線が敷設され、国津橋駅が置かれた。 1952年(昭和27年)に大阪府の高潮対策の一環として古川が埋め立てられたときに国津橋も廃止された。現在は大阪シティバスのバス停名と交差点名に国津橋の名が残っている。 座標: 北緯34度40分48秒 東経135度28分21秒 / 北緯34.67988度 東経135.47261度 / 34.67988; 135.47261 (国津橋) |
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| 641.白髪橋 |
| 白髪橋(しらがばし)は、かつて存在した西長堀川に架かっていた橋。大阪府大阪市西区新町3丁目にある白髪橋交差点(あみだ池筋と長堀通の交点)にあった。 1622年(元和8年)の長堀川開削から1655年(明暦元年)までの間に架設された[1]。下白髪橋とも言った。1919年(大正8年)4月に大阪市電開通のため架換され、長さ約25間、幅10間の木橋であった[2]。 橋名の由来は、下記のように土佐藩が白髪山から木材を当地へ運んだ説と、新羅船が当地に着岸し、後世にそれが訛って白髪町・白髪橋となった説がある[3]。 土佐の白髪山から切り出した木材を得るため、ここに木材市場を設けたことによりこの名がつけられた[4]。白髪山は高知県長岡郡本山町にある標高1,470メートルの山であり、スギやヒノキの良材を産出する。白髪山の由来について、郷土史家の細川敏水は「白い光る岩からなっているため白峨の文字を使っていたが後に今も奥白髪に猿田彦神(白髪の老翁)という白峨山霊を祭ったから、白峨を白髪と改めた」とする説を主張している[5]。 |
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| 642.玉船橋 |
| 玉船橋(たまふねばし)とは、大阪市西区にかつて存在した境川運河に架かっていた橋。境川運河の埋め立てにより橋はなくなったが、現在も東側に交差点名として残っている。 大阪市電の終点としても知られていて、心斎橋方面や今里・難波方面とを結んでいた。心斎橋方面への路線は、のちに大阪市営トロリーバスの路線に置き換わり、玉船橋はトロリーバスの終点でもあった。玉船橋 - 難波 - 今里(5系統)は、阪急東口 - 守口(10系統)とともに大阪市電で最後まで残った路線である。 現在は、大阪シティバスのバス停が存在するのみである。すぐ近くにJR大阪環状線が通っているが、西九条駅と弁天町駅のほぼ中間に位置しており、他の鉄道駅からも離れている地域である。 |
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| 643.四ツ橋 |
| 四ツ橋(よつばし)は、大阪市内に唯一存在した「堀川の十字交差部」に架橋されていた4つの橋を一括して称した「四つ橋」[1]、およびその周辺の地域の通称である。道路、水路、その後の市電にとっての重要な交通の要所であった。その後、堀川の埋立に伴って4つの橋は撤去され、現在は交差点名や駅名としてその名を残している[2]。 |
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| 644.浪速の名橋50選 |
| 浪速の名橋50選(なにわのめいきょう50せん)とは、大阪市に架かる全橋梁を対象に社団法人 土木学会関西支部 が名橋として選定したものである。以下の50橋が選定されている。 50音順 |
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| 645.相合橋 |
| 相合橋(あいあうばし)は、大阪府大阪市中央区にある、道頓堀川に架かる玉屋町筋の橋。土木学会関西支部による「浪速の名橋50選」に選定されている。 江戸時代から明治にかけて、北に宗右衛門町、南に道頓堀の芝居町を挟んで坂町(元伏見坂町)といった花街が広がっていた。 |
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| 646.今橋 (大阪市) |
| 今橋(いまばし)は、大阪府大阪市中央区にある東横堀川に架かる橋。また同橋西詰以西の町名。 |
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| 647.戎橋 |
| 戎橋(えびすばし)は、大阪市中央区の道頓堀川に架かる長さ26m[1]の橋。現在の橋の橋梁部は2007年(平成19年)に完成した[1]。鴻池組施工[2]。 大阪ミナミの繁華街の中心に位置する[3]。北詰は心斎橋筋の南端で心斎橋筋商店街が長堀通まで、南詰は戎橋筋の北端で戎橋筋商店街が南海難波駅前まで伸び、人通りが多い。とりわけ南西袂にあるグリコサインは有名で観光スポットにもなっている。 |
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| 648.大江橋 |
| 大江橋(おおえばし)は、大阪市北区の堂島川に架かる橋である。国の重要文化財に指定されており、浪速の名橋50選にも選定されている。 |
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| 649.川崎橋 (大阪市) |
| 川崎橋(かわさきばし)は、大阪市北区天満と都島区網島町を結ぶ大川に架かる自転車・歩行者専用斜張橋。国土交通省が全国的に整備を進めている大規模自転車道の一つ、北大阪サイクルライン(大阪市北区中之島~大阪府吹田市万博記念公園)の大川を渡る地点に架かる。浪速の名橋50選選定橋。昭和53年度の土木学会田中賞を受賞。 架橋地点には江戸時代より渡船の川崎の渡しがあった。1877年(明治10年)に私設の有料橋として初代の川崎橋が架橋されたが、1885年(明治18年)の淀川大洪水により流失。川崎の渡しは再開され、1945年(昭和20年)の大阪大空襲による焼失まで続いた。 橋名や渡船名は旧村名の西成郡川崎村に由来し、架橋と同年の1978年(昭和53年)まで北区側の町名は川崎町・新川崎町だった。 |
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| 650.高麗橋 |
| 高麗橋(こうらいばし)は、大阪府大阪市中央区の東横堀川に架かる橋。または、同橋西詰以西の町名。 |
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| 651.下大和橋 |
| 下大和橋(しもやまとばし)は、大阪市中央区の道頓堀川に架けられた橋(道路橋)。大阪市中央区道頓堀1丁目と中央区島之内2丁目を結んでいる。道頓堀川の最上流に架かる橋梁である[1]。 土木学会関西支部による「浪速の名橋50選」に選定されている[2]。 江戸時代、橋の周辺は舟宿街として賑わい、近松門左衛門の戯曲「生玉心中」の舞台ともなった[1]。 この辺りには、大和橋と中橋の二橋が架かっていたが、宝暦年間に大和橋が廃され、道頓堀川に注ぐ東横堀川に、上大和橋が架けられたことにより、中橋が下大和橋となった[3]。 架橋以来木橋であったが、1928年(昭和3年)に永久橋に置き換えられ、1987年(昭和62年)に現在の橋に架け替えられた[1]。 |
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| 652.新鴫野橋 |
| 新鴫野橋(しんしぎのばし)は、大阪府大阪市中央区大阪城と城見1丁目を結ぶ、第二寝屋川に架かる橋である。南詰に大阪城公園、北詰に大阪ビジネスパークが広がる[1][2]。 元の橋名は鴫野橋(しぎのばし)で、町衆が架橋を行うことが多かった大坂の街では珍しい公儀橋の一つであった[1][2]。 最初の架橋時期は不明であるが、豊臣政権下の大坂城絵図や大坂の陣を描いた古絵には描かれていないことから、1620年(元和6年)以降、徳川政権による大坂城の修築以降に架橋されたと考えられている[1][2]。1666年(寛文6年)に京橋口定番の下屋敷が置かれた弁天島と大坂城北外曲輪を結ぶ橋として、その役割を果たした[1][2]。 |
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| 653.水晶橋 |
| 水晶橋(すいしょうばし)は、大阪市の堂島川(旧淀川)に架かる歩行者専用橋。 大阪市北区中之島1丁目と北区西天満2丁目の間を結んでいる。本来は河川浄化を目的として 1929年(昭和4年)に『堂島川可動堰』として建設された可動堰で、堂島川の水質改善に大きく貢献した。1982年(昭和57年)に橋面を改装、法律面でも橋としての手続きがとられ、名実ともに橋となった。 |
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| 654.栴檀木橋 |
| 栴檀木橋(せんだんのきばし)は、大阪市の土佐堀川に架かる、北区中之島と中央区北浜を結ぶ橋。浪速の名橋50選選定橋。 |
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| 655.大黒橋 |
| 大黒橋(だいこくばし)は、大阪府大阪市を流れる道頓堀川に架かる橋。北岸の中央区西心斎橋2丁目と南岸の同区道頓堀2丁目および浪速区湊町1丁目とを結ぶ。かつては難波橋と称されたが橋の位置が若干異なる[1]。 |
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| 662.淀川 |
| 淀川(よどがわ)は、大阪湾に注ぐ日本の一級河川。滋賀県、京都府および大阪府を流れる淀川水系の本流である。琵琶湖から流れ出る唯一の河川である瀬田川(せたがわ)が宇治川(うじがわ)、淀川と名前を変える。流路延長75.1 km、流域面積8,240km2。なお、先述の流路延長は琵琶湖南端よりの延長であり、河口から最も遠い地点は滋賀県・福井県の分水嶺である栃ノ木峠であり、淀川の源の石碑が設置されている[1]。敦賀駅より北に位置するこの場所は琵琶湖へ流入する河川・高時川の水源地であり、そこからの河口までの直線距離は約130km、流路延長に換算すると約170kmとなる。 瀬戸内海に流入する河川の中で流域面積が最も広く、流域人口は西日本で最も多い。また琵琶湖に流入する河川や木津川などを含めた淀川水系全体の支川数は965本で日本一多い。第2位は信濃川(880本)、第3位は利根川(819本)となっている。 |
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| 663.いたち川 (大阪市) |
| 鼬川[要検証 – ノート](いたちがわ)は、かつて大阪府大阪市浪速区を東西に流れていた河川。 |
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| 664.今川 (大阪府) |
| 今川(いまがわ)は、大阪府大阪市東住吉区・平野区を流れる淀川水系の河川。平野川の支流。 |
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| 665.岩崎運河 |
| 岩崎運河(いわさきうんが)は、大阪府大阪市西区と大正区の境界をなし、木津川と尻無川を結んでいる運河。長さ560メートル[1]。 |
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| 666.木津川 (大阪府) |
| 木津川(きづがわ)は、大阪府大阪市南西部を流れる淀川水系の下流における分流で一級河川。流域北部は住宅地、南部は倉庫・造船所などの工業地帯を流れる。 干潮水深は昭和5年(1930年)に10.5メートル、昭和15年(1940年)9.4メートル、昭和27年(1952年)3.2メートルと次第に浅くなっている。平均幅員は昭和27年時の調査で169メートル。 |
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| 667.木津川運河 |
| 木津川運河(きづがわうんが)は、大阪府大阪市大正区南部に位置し、木津川と大正内港を結ぶ運河。長さ1,832m、幅員80m、水深O・P(大阪湾中等潮位)1.8m[1]。 |
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| 668.旧淀川 |
| 旧淀川(きゅうよどがわ)は、淀川の毛馬水門(毛馬閘門)で南へ分岐する旧・淀川本流。 上流から大川(おおかわ)、堂島川(どうじまがわ)、安治川(あじがわ)が旧淀川として一級河川に指定されている。 |
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| 669.咲洲運河 |
| 咲洲運河(さきしまうんが)は、大阪府大阪市住之江区の咲洲を流れる運河。また咲洲キャナルとも呼ばれる。 咲洲運河は咲洲のコスモスクエア地区の中央部を東西に貫く運河で全長は約1.3km、幅は9m、基本水深は2.5mある。1996年(平成8年)より整備が行われ、2003年(平成15年)より供用開始となった人工水路である[1]。 西端の水門において潮位差を利用して外海水を取水し、東端に設置されたポンプを用いて夜間に再び外海に排水している。運河沿いには森ノ宮医療大学や大型ママンションが立地している[2]。 |
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| 670.三軒家川 |
| 三軒家川(さんけんやがわ)は、大阪府大阪市大正区を流れる淀川水系の河川。木津川の支流。 大阪市大正区三軒家東二丁目から南流し木津川に合流する。かつては木津川と上下流で結ばれていたが、1958年(昭和33年)に上流の約340mが埋め立てられた[1]。 江戸時代には上流部に百済橋が架かっていたが、現在は川の埋め立てにより廃橋となり、跡地にパネルが設置されている[2]。 |
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| 671.三十間堀川 (大阪府) |
| 三十間堀川(さんじゅっけんぼりがわ)は、大阪府大阪市港区を流れる淀川水系の河川(運河)。尻無川の支流。 港区福崎の尻無川から同区三先・池島・八幡屋を南流し天保山運河に注ぐ[1]。 1829年(文政12年)から1835年(天保6年)頃に池田新田と北福崎新田との間に掘られた堀川で、市岡新田の南部堤下を起点として南西方に延び大阪湾に注いでいた。元々は三樋堀・三樋入堀とも称された。堀名は新田井路の樋門が三ヵ所あったことに由来する[2]。 |
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| 672.敷津運河 |
| 敷津運河(しきづうんが)は、大阪府大阪市住之江区を流れる淀川水系の運河。 住吉川と木津川を結ぶ運河で住之江区柴谷と平林北の境界を流れる[1]。運河名はかつての敷津村に由来する。 中流部に大阪府道5号大阪港八尾線の柴谷橋が架かり、木津川との合流付近には新木津川大橋が架かる[2]。 |
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| 673.十三間堀川 |
| 十三間堀川(じゅうさんけんぼりがわ)は、大阪府大阪市西成区・住之江区を流れる大和川水系の河川。十三間川とも表記される。 1970年(昭和45年)に埋め立てられ廃河川となるが、一部は親水河川として現存する。 元禄年間(1688年-1704年)に開削された用水運河が始まりで、開削当初は鼬川下流の七瀬川から南に中在家村(現在の住之江区)付近まで二千三一二間であったが、1704年(宝永元年)の大和川の付替えが行われると、大和川まで延長開削された[1]。川名は当初の川幅が一三間であったことが由来であり、内川や新堀とも称された[2]。 現在は大部分が埋め立てられており、かつて川が存在した場所には阪神高速15号堺線が走っている。また一部は十三間川親水河川公園として残されており、大和川の浄化水が導入されている[3]。 |
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| 674.正蓮寺川 |
| 正蓮寺川(しょうれんじがわ)は、大阪市此花区を流れる河川。全長4.6km[1][2]。 |
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| 675.尻無川 (大阪府) |
| 尻無川(しりなしがわ)は、大阪府大阪市南西部を流れる淀川水系の下流における分流で、一級河川。流域北部は住宅地が多く、左岸の大正区には防潮堤(大阪府管理)が設けられている。南部は鉄工所などの工業地帯を流れる。また、中流域には台風などで押し寄せてくる大阪湾からの高潮をせき止めるための防潮水門である尻無川水門が設置されている。 |
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| 676.城北川 |
| 城北川(しろきたがわ)は、大阪府大阪市内で寝屋川と大川(旧淀川)を結ぶ全長5,615 mの水路である[1]。 旧:城北運河。 もとは水運を目的として掘削された運河である[1]。1935年(昭和10年)4月に着工、1940年(昭和15年)12月に城北運河として竣工した[1]。寝屋川との分岐部では城東運河(現:平野川分水路)と接続している。1985年(昭和60年)4月6日には城北川に名称が変更され一級河川に指定された[2]。 大阪市旭区新森/関目から都島区毛馬町/友渕町の間は阪神高速12号守口線(東中宮橋以東は通称:森小路線)に覆われている。また川沿いには遊歩道が設けられている。 高度経済成長期には工業・生活排水の流入により水質汚濁が著しくなったことから、1966年度(昭和41年)度から改修工事が行われた[1][2]。 |
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| 677.住吉川 (大阪市) |
| 住吉川(すみよしがわ)は、大阪府大阪市を流れる淀川水系の河川。別名は細井川、細江川。木津川の支流。 大阪市住吉区と住之江区を西流し、旧淀川の支流である木津川に注ぐ。上流部の住吉大社付近を細井川と呼び、かつては細江川とも古称された。現在は阪堺電車「細井川停留場」に名を留める[1]。 上町台地南縁を流れ、住吉区と住之江区の中央部を西流、住之江区柴谷1丁目・平林北1丁目の境で大阪港南港に通じる。平林の貯木場の手前で北に向かって穿たれた運河があり、敷津運河と呼ばれているが実際は住吉川である。これが木津川最下流部左岸に通じる[2]。 |
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| 678.天保山運河 |
| 天保山運河(てんぽうざんうんが)は、大阪府大阪市港区を流れる淀川水系の運河。また支線を天保山支線運河という。 1916年(大正5年)に開かれた天保山の北側にある運河で本線と支線のふたつがある。 本線は安治川から尻無川まで通じており、途中で三十間堀川が合流する[1]。支線は本線の中流部で六條通に並行するように南流し、大正内港に合流する[2]。 |
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| 679.道頓堀 |
| 道頓堀(どうとんぼり)は、大阪府大阪市中央区の繁華街および町名。または、同所の北を流れる道頓堀川の略称。町名は道頓堀一丁目と道頓堀二丁目があり、一丁目の堺筋以東は街区符号に「東」が付き、郵便番号も異なる。 一部で「とんぼり」と略称される事もあるが定着しておらず、地元では略さずに「どうとんぼり」と表現している(なお、かつては「どとんぼり」、「どとんほり」と呼ばれていたとする出典もある[6])。なお道頓堀の名前は商人で開墾者の安井道頓に由来し、日本橋北詰交差点には石碑もある。 |
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| 680.土佐堀川 |
| 土佐堀川(とさぼりがわ)は、大阪府大阪市北区中之島の南縁を流れる河川。旧淀川(大川・堂島川・安治川)の分流の一つである。 中之島の東端で旧淀川から分岐したのち、中之島の西端で旧淀川に再び合流する。なお、旧淀川は一般的に中之島より上流の区間が大川(おおかわ)、中之島の北縁を流れる区間が堂島川(どうじまがわ)、中之島より下流の区間が安治川(あじがわ)と呼び分けられており、土佐堀川はちょうど堂島川と対になる。 |
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| 681.鳴戸川 (大阪府) |
| 鳴戸川(なるとがわ)は、大阪府大阪市東住吉区を流れる淀川水系の河川。今川の支流。 東住吉区中野一丁目で今川から分流し、今川に平行して北流し、東住吉区今川一丁目のうるし堤公園の北で今川右岸に再び合流する。以前は東住吉区内では中野二丁目の方から西流し、中野一丁目からは今川沿いに北上していた[1]。 1954年(昭和29年)に今川の改修工事が完成し、続いて施工された1961年(昭和36年)の鳴戸川の改修工事の完成を記念して、今川福祉会館の前に石碑が建てられた[2]。 |
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| 682.猫間川 |
| 猫間川(ねこまがわ)は、かつて大阪府大阪市東部を流れていた淀川水系の河川。 流域面積が少ないことから流量は少なかった。1957年(昭和32年)に完全に暗渠化されて地上から消えてしまった。 |
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| 683.東横堀川 |
| 東横堀川(ひがしよこぼりがわ)は、大阪府大阪市を流れる運河。 |
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| 684.平野川分水路 |
| 平野川分水路(ひらのがわぶんすいろ)は、大阪府大阪市生野区・東成区・城東区を流れる淀川水系の河川(運河)。平野川の分水路。別称は城東運河。 |
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| 685.北港運河 |
| 北港運河(ほくこううんが)は、大阪府大阪市此花区を流れる淀川水系の運河。旧北港運河とも呼ばれる。 安治川と正蓮寺川を結ぶ運河で、1931年(昭和6年)に開通した[1]。此花区の北港・島屋・桜島を流れ、正蓮寺川との合流付近には北港運河公園と此花西部臨港緑地がある[2]。 またかつては1926年(大正15年)の竣工で、日本最古の跳上橋である正安橋が架かっていた。 |
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| 686.六軒家川 |
| 六軒家川(ろっけんやがわ)は、大阪府大阪市此花区を流れる河川。延長1,450m[1]。古くは六軒屋川と記した[2]。 |
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| 687.阿波堀川 |
| 阿波堀川(あわぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。阿波座堀川とも呼ばれた。 |
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| 688.立売堀川 |
| 立売堀川(いたちぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 689.江戸堀川 |
| 江戸堀川(えどぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 690.海部堀川 |
| 海部堀川(かいふぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 691.京町堀川 |
| 京町堀川(きょうまちぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 692.高津入堀川 |
| 高津入堀川(こうづいりほりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 693.境川運河 |
| 境川運河(さかいがわうんが)は、かつて大阪府大阪市にあった運河。 |
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| 694.薩摩堀川 |
| 薩摩堀川(さつまぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 695.曽根崎川 |
| 曽根崎川(そねざきがわ)は、大阪府大阪市北区・福島区にかつて存在した河川である。別名は蜆川(しじみがわ)。 |
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| 696.大正運河 |
| 大正運河(たいしょううんが)は、現在の大阪市大正区小林東と千島の境界付近に位置した、木津川と尻無川を結ぶ運河。長さ1,963メートル(1800間)、幅45メートル(25間)、干潮水深1.8メートル(6尺)[1]。 |
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| 697.長堀川 |
| 長堀川(ながほりがわ)は、かつて大阪府大阪市にあった運河。埋め立て後は長堀通の一部区間となっている。 長堀川に架かっていた橋の名称は、現在も交差点、駅、バス停などの名称に使われており、著名なもののひとつに心斎橋がある。 |
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| 698.難波入堀川 |
| 難波入堀川(なんばいりほりがわ)[要検証 – ノート]は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。難波新川(なんばしんかわ)とも呼ばれた。 |
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| 699.西横堀川 |
| 西横堀川(にしよこぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市を流れていた運河。 |
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| 700.百間堀川 |
| 百間堀川(ひゃっけんぼりがわ)は、かつて大阪府大阪市西区を流れていた運河。 |
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