| 335.安中城 ・平城 |
| 安中城(あんなかじょう)は、現在の群馬県安中市安中にある戦国時代に築かれた日本の城である。 |
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| 336.岩下城 ・山城 |
| 岩下城(いわしたじょう)は、上野国吾妻郡にあった日本の城(山城)。戦国期に吾妻郡に拠った吾妻斎藤氏の拠点とされる。吾妻斎藤氏が没落した後は武田氏家臣や周辺の武田方国衆が在城した。 |
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| 337.岩櫃城 ・山城 |
| 岩櫃城(いわびつじょう)は、上野国吾妻郡(現在の群馬県吾妻郡東吾妻町)にあった日本の城(山城)[1]。築年代は不明[1]。吾妻川北岸の岩櫃山中腹に位置し、戦国期に、上杉謙信に従う斉藤氏と、武田信玄に従う真田氏が当地をめぐり争った。最終的には真田信之の支配下に収まり、慶長19年(1614年)に廃城となった[1]。国の史跡に指定されている。 |
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| #東吾妻町のの城 #群馬県のの城 #全国のの城 |
| 338.榎下城 (上野国) ・平城 |
| 榎下城(えげじょう)は、現在の群馬県安中市原市字榎下にあたる上野国碓氷郡榎下にあった日本の城。国衆・安中氏の居城。 |
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| 339.大胡城 ・平山城 |
| 大胡城(おおごじょう)は、群馬県前橋市河原浜町にあった中世の日本の城(平山城跡)で、大胡氏・上泉氏の居城であった。後の近世初頭に徳川氏家臣・牧野氏が入り城主になった。群馬県指定史跡[1]。天文年間(1532年 - 1555年)に築城されたとされ、元和2年(1616年)廃城となった。 |
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| #前橋市のの城 #群馬県のの城 #全国のの城 |
| 340.大戸平城 ・連郭式平城 |
| 大戸平城(おおどひらじょう)は、上野国吾妻郡(群馬県東吾妻町大戸字平城)にあった日本の城。戦国時代の国衆・大戸浦野氏の居城。 |
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| 341.神成城 ・山城 |
| 神成城(かんなりじょう)は、上野国甘楽郡(現在の群馬県富岡市吉田神成)にあった城。戦国時代に甘楽郡に勢力を誇った国衆・小幡氏の城。 |
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| 342.倉賀野城 |
| 倉賀野城(くらがのじょう)は、群馬県高崎市倉賀野町にあった日本の城。 |
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| 343.小泉城 ・平城 |
| 小泉城(こいずみじょう)、または富岡城(とみおかじょう)は、現在の群馬県邑楽郡大泉町にあった日本の城。築城は、延徳元年(1489年)。現在は城跡に曲輪と内堀、外堀の一部および土塁が残っており、城之内公園(しろのうちこうえん)として整備されている。大泉町指定史跡[1]。 |
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| 344.白井城 ・崖端城 |
| 白井城(しろいじょう)は、現在の群馬県渋川市白井にある室町時代から江戸時代初期の崖端城(日本の城)。「しらいじょう」と言われることもあるが、地元の読み方は「しろいじょう」である。渋川市指定史跡[1]。 |
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| 345.膳城 ・平山城 |
| 膳城(ぜんじょう)は、群馬県前橋市粕川町膳にあった室町時代から戦国時代にかけての日本の城(平山城)。群馬県指定史跡[1]。 |
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| 346.高崎城 ・輪郭梯郭複合式平城 |
| 高崎城(たかさきじょう)は、上野国群馬郡、現在の群馬県高崎市高松町に所在する日本の城跡(平城)。旧名・和田城(わだじょう)。江戸時代には高崎藩の藩庁となった。城跡の一部が高崎市の史跡に指定されているほか、現存建造物や関係史料が県または市指定の重要文化財に指定されている[6][7]。 |
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| 347.高津戸城 ・山城 |
| 高津戸城(たかつどじょう)は、群馬県みどり市高津戸地区にあった日本の城(山城)である。高津戸渓谷東岸の崖上に築かれた城。本丸は要害山の山頂にあり今では本丸跡に要害神社がある。 |
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| 348.鷹留城 ・山城 |
| 鷹留城(たかとめじょう)は、群馬県高崎市下室田町にある中規模な日本の城(山城跡)の典型で、箕輪城の西方5キロにある箕輪城の支城の一つ。各種の遺構が原形に近く残っている点で、群馬県内でも稀な城跡である。高崎市指定史跡に指定されている[1]。 |
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| 349.嶽山城 (上野国) ・連郭式山城 |
| 嶽山城(たけやまじょう)は、上野国吾妻郡(群馬県中之条町五反田字嵩山)にあった日本の城。戦国時代に国衆・吾妻斎藤氏の居城として利用され、江戸時代には山伏の修行場となった。 |
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| 350.館林城 ・梯郭連郭複合式平城 |
| 館林城(たてばやしじょう)は上野国邑楽郡館林(現在の群馬県館林市城町3)[1]にある戦国時代から江戸時代の日本の城である。館林市指定史跡[2]。 |
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| 351.手子丸城 ・山城 |
| 手子丸城(てこまるじょう)は、上野国吾妻郡にあった日本の城(山城)。草津街道や越後街道が分岐する要衝に位置し、岩櫃城と並ぶ吾妻郡の重要拠点であった。 |
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| 352.中野城 (上野国) ・平城 |
| 中野城(なかのじょう)は、群馬県邑楽郡邑楽町にあった日本の城。 |
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| 353.長野原城 ・不明 |
| 長野原城(ながのはらじょう)は、現在の群馬県吾妻郡長野原町にあたる上野国吾妻郡長野原にあった日本の城。別名・箱岩城。戦国期では在地の国衆・羽尾氏であり、羽尾氏の没落後は武田氏・真田氏の持城となった。1990年(平成2年)3月27日付で長野原町指定史跡[1]。 |
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| 354.名胡桃城 ・山城 |
| 名胡桃城(なぐるみじょう)は、現在の群馬県利根郡みなかみ町下津にあった日本の城。1949年(昭和24年)に「名胡桃城址」として群馬県指定史跡に指定された[1]。利根川上流の右岸断崖部に位置し、川を挟んで北東に位置する明徳寺城と対峙する。 |
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| 355.新田金山城 ・連郭式山城 |
| 新田金山城(にったかなやまじょう)は、群馬県太田市のほぼ中央にそびえる標高235.8メートルの独立峰、全山アカマツに覆われた金山に築かれた日本の城(山城)である。別名「金山城」、「太田金山城」。 |
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| 356.沼田城 ・丘城 |
| 沼田城(ぬまたじょう)は、上野国利根郡(現:群馬県沼田市)にあった日本の城(丘城)。1976年(昭和51年)3月30日、沼田市指定史跡[1]。幾つかの守護城に囲まれた堅城である。沼田氏の居城として建築され、戦国時代後期から江戸時代初期にかけて真田氏の沼田領支配の拠点として機能した。沼田藩の藩庁。はじめは倉内城と称した。2017年(平成29年)には、続日本100名城(116番)に選定された。 |
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| 357.根小屋城 ・山城 |
| 根小屋城(ねごやじょう)は、群馬県高崎市山名町城山に存在した戦国時代の日本の城。形式は山城。 |
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| 358.箱田城 ・平山城 |
| 箱田城(はこだじょう)は、群馬県渋川市北橘町下箱田(旧勢多郡北橘村箱田)にあった室町時代から戦国時代にかけての日本の城(平山城)。渋川市指定史跡[1]。 |
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| 359.羽根尾城 ・不明 |
| 羽根尾城(はねおじょう)は、群馬県吾妻郡長野原町にあたる上野国吾妻郡羽根尾にあった日本の城。かつては国衆・羽尾氏の本拠であり、後に武田氏・真田氏の持城となった。1974年(昭和49年)9月21日付で長野原町指定史跡[1]。 |
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| 360.柄杓山城 ・山城 |
| 柄杓山城(ひしゃくやまじょう)、または桧杓山城は、群馬県桐生市北部の梅田町にあった桐生氏の城である。桐生城ともいう。「桐生桧杓山城跡」として桐生市指定史跡[1]。 |
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| 361.平井城 ・平山城 |
| 平井城(ひらいじょう)は、現在の群馬県藤岡市にあった日本の城である。群馬県指定史跡[1]。 |
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| 362.前橋城 ・輪郭式平城 |
| 前橋城(まえばしじょう)は、上野国群馬郡、現在の群馬県前橋市にあった日本の城。前橋台地北東縁に築かれた平城で、古くは厩橋城(まやばしじょう)と呼ばれ、また関東七名城の一つに数えられた。車橋門の跡が前橋市の史跡に指定され、酒井氏に伝わる城絵図が市指定重要文化財に指定されている[1]。 |
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| 363.松井田城 ・山城 |
| 松井田城(まついだじょう)は、上野国碓氷郡にあたる現在の群馬県安中市松井田町高梨子にあった戦国時代の日本の城(山城)である。諏訪城・小屋城・霞ヶ城・堅田城ともいわれる。「安中郭」が安中市指定史跡に指定されている。 |
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| 364.丸岩城 ・不明 |
| 丸岩城(まるいわじょう)は、群馬県吾妻郡長野原町にあたる上野国吾妻郡横壁にあった日本の城(山城)。 |
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| 365.箕輪城 ・梯郭式平山城 |
| 箕輪城(みのわじょう)は、群馬県高崎市箕郷町にあった日本の城(平山城跡)で、国の史跡に指定されている[1]。日本100名城の一つ。 |
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| 366.山名城 ・山城 |
| 山名城(やまなじょう)は、上野国多胡郡にあたる現在の群馬県高崎市山名町前城にあった戦国時代の日本の城(山城)である。別称として前城、寺尾下城ともいわれる。高崎市指定史跡[1]。 |
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| 367.赤山城 |
| 赤山城(あかやまじょう)は、埼玉県川口市にあった城。赤山陣屋とも呼ばれる。埼玉県指定文化財(旧跡)。 |
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| 368.五十子陣 ・平城 |
| 五十子陣(いかっこじん/いかっこのじん)とは、室町時代中期に武蔵国児玉郡五十子、現在の埼玉県本庄市大字東五十子及び大字西五十子の一部に所在していた平城。「いらこのじん」「いかごのじん」などと読まれることもある。 |
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| #本庄市のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 369.岩槻城 ・総曲輪式平城 |
| 岩槻城(いわつきじょう)は、鎌倉時代以前に築かれた平山城。大宮台地岩槻支台上に立地。武蔵国埼玉郡岩槻(現在の埼玉県さいたま市岩槻区)にあった岩槻藩の藩庁(日本の城)。別称に岩付城、岩附城、浮城、白鶴城がある。県指定史跡[1]。また周囲の大構(おおがまえ)は市指定史跡となっている[2]。 |
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| 370.青鳥城 |
| 青鳥城(おおどりじょう)とは、武蔵国比企郡石橋村(現在の埼玉県東松山市大字石橋)にあった日本の城。県指定史跡。 |
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| 371.小倉城 (武蔵国) ・連郭式山城 |
| 小倉城(おぐらじょう)は、埼玉県比企郡ときがわ町にあった日本の城(山城)。戦国時代の関東の城では珍しい石塁を随所に用いている。 |
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| 372.忍城 ・平城 |
| 忍城(おしじょう)は、武蔵国埼玉郡忍(現在の埼玉県行田市)に存在した日本の城である。埼玉県指定旧跡。 |
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| #行田市のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 373.川越城 ・平山城 |
| 川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にある日本の城。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。別名、初雁城、霧隠城。関東七名城・日本100名城。通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。 |
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| #川越市のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 374.河越館 ・平城 |
| 河越館(かわごえかん/かわごえやかた)は、埼玉県川越市上戸(うわど)に所在した日本の城。川越市の北西部、入間川右岸に位置し、約二町(218m)四方の占地規模を持つ館跡遺跡。国の史跡。 |
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| 375.騎西城 ・平城(沼城) |
| 騎西城(きさいじょう)とは、現在の埼玉県加須市(騎西地域)にあった日本の城である。 |
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| 376.雉岡城 ・平城 |
| 雉岡城(きじがおかじょう)は、武蔵国児玉郡八幡山、現在の埼玉県本庄市児玉町八幡山446他に所在していた日本の城。埼玉県指定史跡[1]。別名を八幡山城(はちまんやまじょう)と言う。 |
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| 377.北秋津城 ・平山城 |
| 北秋津城(きたあきつじょう)は、埼玉県所沢市北秋津にあった日本の城。歴史的な背景が殆ど伝わっていない城であり、『柳瀬川流域の歴史と文化』の著者の栗原仲道は大石遠江守信重の館とし、所沢市史では鎌倉時代以降の豪族(一説には久米郷が近い事から村山党の久米氏)の館と推測している。[1]また、滝山、八王子領の交通網や滝の城との繋がりを考慮すると後北条氏が何らかの拠点として使用していた可能性も考えられる。[2]付近にある日月神社の案内板に書かれている民間伝承によると『この土地の殿様がいつも領民に無理難題ばかりを吹きかけて困らせており、ある時に無理な願いを叶えた代わりに神罰によって声を失った』と伝わっているが、この殿様が北秋津城主の事だと言われている。 |
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| #所沢市のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 378.熊倉城 |
| 熊倉城(くまくらじょう)は、武蔵国秩父郡日野村(埼玉県秩父市荒川日野)の城山にあった日本の城。別名・日野城(ひのじょう)。 |
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| 379.栗崎館 |
| 栗崎館(くりさき やかた)は、平安時代末期に武蔵国児玉郡大寄郷若泉庄の栗崎村(現在の埼玉県本庄市栗崎)に築かれた武家館。地理的には武蔵国北西部の国境付近に位置し、北には利根川、南には大久保山(浅見山)がある(本庄台地南部にあたる)。児玉党本宗家4代目である庄太夫家弘が築いたと考えられる。 |
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| 380.寿能城 |
| 寿能城(じゅのうじょう)は、現在の埼玉県さいたま市大宮区にあった日本の城である。県指定旧跡。 |
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| 381.菖蒲城 |
| 菖蒲城(しょうぶじょう)は、武蔵国埼玉郡新堀村(現在の埼玉県久喜市菖蒲町新堀)にあった日本の城。古河公方足利成氏が、康正2年(1456年)に金田式部則綱に命じて築城させた。城の竣工が5月5日の菖蒲の節句にであったために命名された。天正18年(1590年)小田原征伐ののち廃城となり、以降は徳川家康に仕えた内藤正成が栢間陣屋(現在の久喜市菖蒲町下栢間)を構えて5700石を知行し、上級旗本として14代、幕末まで同地を治めた。 |
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| 382.菅谷館 ・平城 |
| 菅谷館(すがややかた)とは、武蔵国男衾郡(現在の埼玉県比企郡嵐山町)にあった日本の城である。菅谷城(すがやじょう)とも呼ばれる。昭和48年(1973年)、国の史跡に指定された。館跡には埼玉県立嵐山史跡の博物館が設けられている。 |
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| #嵐山町のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 383.杉山城 ・山城 |
| 杉山城(すぎやまじょう)は、埼玉県比企郡嵐山町にあった日本の城。別名は初雁城。 |
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| #嵐山町のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 384.代山城 |
| 代山城(だいやまじょう)は、埼玉県さいたま市緑区代山にある城郭遺構。 |
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| 385.高坂館 |
| 高坂館(たかさかやかた)とは、武蔵国高坂宿(現在の埼玉県東松山市)にあった日本の城。高坂城とも言う。現在は高済寺となっており、埼玉県選定重要遺跡。 |
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| 386.高見城 ・山城 |
| 高見城(たかみじょう)は、武蔵国比企郡(現・埼玉県比企郡小川町高見)に存在した中世の日本の城(山城)。四津山城ともいわれる。 |
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| #小川町のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 387.滝の城 ・平山城 |
| 滝の城(たきのじょう)は、埼玉県所沢市 城に所在した日本の城である。同市の東端で隣接する東京都清瀬市との都県境、柳瀬川の北岸に位置し、豊かな緑に覆われた断崖の上に 曲輪や空掘り跡などが残っている。 今日では本丸跡に「城山神社」が祀られ、その南側を中心に滝の城址公園(たきのじょうしこうえん)として整備され、梅・桜の木や運動施設などが揃う公園となっている。 |
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| 388.秩父氏館 ・山城 |
| 秩父氏館(ちちぶしやかた)は、武蔵国秩父郡吉田郷(現在の埼玉県秩父市吉田町内)にあった秩父氏の居城である。吉田城、鶴ヶ窪城とも。蛇行する吉田川近くの高台に位置し、現在は秩父市所有。 |
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| 389.天神山城 (武蔵国) ・山城 |
| 天神山城(てんじんやまじょう)とは、現在の埼玉県秩父郡長瀞町岩田にあった日本の城である。 |
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| #長瀞町のの城 #埼玉県のの城 #全国のの城 |
| 390.伝源経基館跡 ・平城 |
| 伝源経基館跡(でんみなもとのつねもとやかたあと)は、埼玉県鴻巣市に築かれていた武家館。通称・城山(箕田城、大間城と呼ばれる事もある)。平安時代中期に源経基が武蔵介として坂東に赴いた時に館としたと伝えられる。 埼玉県指定史跡・1941年(昭和16年)3月31日指定。 |
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| 391.難波田城 ・平城 |
| 難波田城(なんばたじょう)は、埼玉県富士見市南畑にあった日本の城。埼玉県旧跡。難波田城公園として整備されている。 |
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| 392.根古屋城 ・山城 |
| 根古屋城(ねごやじょう)は、埼玉県所沢市勝楽寺の山口貯水池(狭山湖)となっている人造湖の北岸にあった日本の城。埼玉県指定史跡[1]。 |
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| 393.鉢形城 ・連郭式平山城 |
| 鉢形城(はちがたじょう)は、埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にある戦国時代の日本の城跡である。構造は連郭式平山城。標高は最高点(三の曲輪)で122m。 |
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| 394.花崎遺跡 |
| 花崎遺跡(はなさきいせき)は、埼玉県加須市花崎にある遺跡。縄文時代や平安時代のものなどが出土している。1981年(昭和56年)8月11日に加須市指定文化財(史跡)に指定されている。 |
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| 395.羽生城 ・平城 |
| 羽生城(はにゅうじょう)は、埼玉県羽生市に存在した日本の城。16世紀初頭の築城とされ、永禄3年(1560年)の長尾景虎(後の上杉謙信)による関東出兵以降、上杉方の関東攻略の拠点となったが、後北条氏の度重なる攻撃を受け天正2年(1574年)閏11月に自落した。その後、城は後北条氏から成田氏に与えられ、天正18年(1590年)の徳川家康の関東入封後は大久保氏に与えられ、慶長19年(1614年)1月に廃城となった[1]。羽生市の指定文化財(史跡)に指定されている[2]。 |
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| 396.深谷城 ・平城 |
| 深谷城(ふかやじょう)は、現在の埼玉県深谷市本住町にあたる武蔵国榛沢郡深谷にあった日本の城である。形態は平城[4]。城跡は埼玉県指定旧跡[2]、また外堀(外濠)の一部が深谷市指定史跡[3]。 |
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| 397.本庄城 (武蔵国) |
| 本庄城(ほんじょうじょう)とは、戦国時代の武蔵国児玉郡本庄(現在の埼玉県本庄市)に、武蔵七党の一角を占める武士団である児玉党を構成する本庄氏によって築かれた日本の城(平城)。後に本庄藩の居城となる。 |
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| 398.本田館 |
| 本田館(ほんでん やかた/ほんだ やかた)は、武蔵国児玉郡北堀村(現在の埼玉県本庄市、大字北堀の字本田)の地に築かれていた武家館。北堀堀の内234に堀・土塁などの跡が見られる(本庄台地上、自然堤防)。外堀の規模は不明だが、内堀は東西約80m、南北約100mほどの規模と考えられている。武蔵七党の一角を占める児玉党を構成していた本庄氏が築いたものと推定されている。 |
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| 399.松山城 (武蔵国) ・梯郭式平山城 |
| 松山城(まつやまじょう)は、武蔵国横見郡松山(現在の埼玉県比企郡吉見町大字南吉見字城山)にあった日本の城。別名「武州松山城」「武蔵松山城」。 |
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| 400.真鳥山城 |
| 真鳥山城(まとりやまじょう)は、埼玉県さいたま市桜区にある城址。真鳥日向守城・真鳥城とも呼ばれる。 |
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