| 709.朝日山城 (加賀国) ・山城 |
| 朝日山城(あさひやまじょう)は、石川県金沢市北千石町にあった安土桃山時代の日本の城跡(山城)。一本木城(いっぽんぎじょう)ともいう。 |
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| 710.穴水城 ・山城 |
| 穴水城(あなみずじょう)は、能登国鳳至郡穴水村川島、現在の石川県鳳珠郡[1]穴水町川島に存在した日本の城。現在は町の史跡に指定され[2]、穴水城址公園として整備されている[3]。 |
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| 711.金沢城 ・梯郭式平山城 |
| 金沢城(かなざわじょう)は、加賀国石川郡尾山[1](現・石川県金沢市丸の内)にあった日本の城である。江戸時代には加賀藩主前田氏の居城だった。城址は国の史跡に指定されており[2]、城址を含む一帯は金沢城公園(かなざわじょうこうえん)として整備されている。前田利家が本格的に城として扱ったこともあってか、利家が建てたといわれることもある[3]。 |
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| 712.切山城 ・山城 |
| 切山城(きりやまじょう)は、石川県金沢市宮野町に所在する安土桃山時代の日本の城(山城)。「加越国境城跡群及び道」(かえつくにざかいしろあとぐんおよびみち)として、2015年(平成27年)10月7日に松根城・小原越と共に国の史跡に指定されている[1]。 |
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| 713.小松城 ・梯郭式平城 |
| 小松城(こまつじょう)は、石川県小松市丸の内町にあった日本の城。小松市指定史跡[1]。 |
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| 714.小丸山城 ・平山城 |
| 小丸山城(こまるやまじょう)は、かつて能登国能登郡(のち鹿島郡)小丸山(現在の石川県七尾市馬出町子部)に存在した日本の城である。七尾城の北、七尾南湾に面した平山城。七尾港に近く、海城に分類される場合もある。 |
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| 715.崎山城 (能登国) ・平山城 |
| 崎山城(さきやまじょう)は、石川県鳳珠郡能登町に存在した日本の城。 |
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| 716.末森城 (能登国) ・連郭式山城 |
| 末森城(すえもりじょう)は、能登国羽咋郡末森村[1](現在の石川県羽咋郡宝達志水町竹生野)にあった日本の城である。県指定史跡。 |
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| 717.石動山城 ・山城 |
| 石動山城(せきどうさんじょう、いするぎやまじょう)は、能登国鹿島郡石動山(現・石川県鹿島郡中能登町[1]石動山)に存在した日本の城(山城)。七尾城の南、能越国境の荒山城の東に位置した。なお、石動山は国の史跡に指定されている。 |
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| 718.大聖寺城 ・連郭式平山城 |
| 大聖寺城(だいしょうじじょう)は、加賀国江沼郡大聖寺(現・石川県加賀市大聖寺錦町)に南北朝時代から江戸時代初期まで存在した日本の城(平山城)。別名は錦城。加賀国の南端、加越国境の大聖寺川付近に位置する。跡地は錦城山公園となっており、加賀市の市指定文化財(史跡)に指定されている[1]。 |
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| 719.高尾城 (加賀国) ・山城 |
| 高尾城(たこじょう、たこうじょう[1])は、石川県金沢市に存在した日本の城。高尾城の築かれた高尾山一帯は、「ジョウヤマ」と呼ばれ付近住民から親しまれている。 |
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| 720.津幡城 |
| 津幡城(つばたじょう)は、加賀国加賀郡(のち河北郡[1])津幡(現・石川県河北郡津幡町清水)に残る、古代の日本の城(平城)。昔から交通の要衝であった。現在は石標のみが立てられている。 |
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| 721.天堂城 ・山城 |
| 天堂城(てんどうじょう)は、石川県輪島市別所谷町に存在した日本の城。輪島市の史跡に指定されている[1]。 |
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| 722.鳥越城 ・連郭式山城 |
| 鳥越城(とりごえじょう)は、石川県白山市三坂町(旧石川郡鳥越村)にある中世の日本の城(山城)跡。大日川を挟んだ対岸に位置する二曲城(ふとげじょう)とともに国の史跡に指定されている[1][2]。史跡指定名称は「鳥越城跡 附(つけたり) 二曲城跡」。 |
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| 723.七尾城 ・連郭式山城 |
| 七尾城(ななおじょう)は、能登国鹿島郡七尾(現・石川県七尾市古城町)にあった日本の城。室町時代から戦国時代にかけての山城跡で、国の史跡に指定されている[1]。能登畠山氏によって拡張され、最終的には南北2.5キロメートル、東西1キロメートルにも及ぶ巨大な城となった[2]。 |
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| 724.日谷城 ・山城 |
| 日谷城(ひのやじょう)は石川県加賀市に戦国時代に存在した日本の城(山城)。日屋城、檜屋城、檜ノ屋城などとも書かれる。 |
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| 725.二曲城 ・連郭式山城 |
| 二曲城(ふとげじょう)は石川県白山市出合町にある中世の日本の城(山城)跡。川の対岸にある鳥越城の附(つけたり)として国の史跡に指定されている。府峠城とも言う。 |
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| 726.松任城 ・平城 |
| 松任城(まっとうじょう)は、加賀国石川郡松任(現・石川県白山市(旧松任市)古城町)にあった日本の城。能美郡との境になる手取川の北、尾山御坊(金沢城)と川南の小松城の中間付近に位置する。 |
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| 727.松波城 ・平山城 |
| 松波城(まつなみじょう)は、能登国珠洲郡松波(現・石川県鳳珠郡[1]能登町)に存在した日本の城。 |
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| 728.足羽七城 |
| 足羽七城(あすわななじょう)とは、南北朝時代に北朝方の越前守護・斯波高経が、南朝方との抗争の中で福井県福井市の九頭竜川・足羽川流域に構築した城塞群の総称。単に足羽城と呼ばれる場合もある。 |
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| 729.一乗谷朝倉氏遺跡 ・山城 |
| 一乗谷朝倉氏遺跡(いちじょうだに あさくらし いせき)は、福井県福井市城戸ノ内町にある戦国時代の遺跡(日本の城)である。戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡。一乗谷城(山城)と山麓の城下町(朝倉氏および家臣の居館)からなる。 |
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| 730.越前府中城 ・平城 |
| 越前府中城(えちぜんふちゅうじょう)は、現在の福井県越前市にあたる越前国南仲条郡(後の南条郡)に所在する日本の城跡。別名は越府城(えつふじょう)。 |
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| 731.大野城 (越前国) ・梯郭式平山城 |
| 大野城(おおのじょう)は、福井県大野市(旧越前国)にあった日本の城である。旧国名から越前大野城の別名を持つ[1][2][3][5]。明治までは大野藩の藩庁が置かれた。現在の天守は昭和に建てられたものである。2017年(平成29年)、「続日本100名城」(138番)に選定された[6]。 |
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| 732.小黒丸城 ・平城 |
| 小黒丸城(おくろまるじょう/おぐろまるじょう)は、福井県福井市黒丸町にあった南北朝時代の日本の城跡。足羽七城の一つで、別名郡黒丸城。本城にあたる北西の大黒丸城と合わせて「黒丸城」と総称される[1][3]。 |
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| 733.小浜城 (若狭国) ・輪郭式平城・海城 |
| 小浜城(おばまじょう)は、若狭国遠敷郡[2]小浜(現・福井県小浜市城内)にあった城(海城)である。雲浜城(うんぴんじょう)の雅号をもつ。福井県指定史跡。 |
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| 734.小浜藩台場跡 |
| 小浜藩台場跡(おばまはんだいばあと)は、小浜藩領であった敦賀の杉津浦から高浜の内浦に至る約30か所に計画・築造された台場群である[1]。ここでは福井県大飯郡おおい町大島に作られた松ヶ瀬台場と鋸崎台場(いずれも国の史跡に指定[2])、小浜市小浜津島に作られた川崎台場について述べる。 |
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| 735.勝山城 (越前国) ・梯郭式平城 |
| 勝山城(かつやまじょう)は、戦国時代に柴田勝家の一族である柴田勝安によって、現在の福井県勝山市に築かれた日本の城。江戸時代には勝山藩の藩庁が置かれた。 |
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| 736.金ヶ崎城 ・山城 |
| 金ヶ崎城(かながさきじょう・かねがさきじょう)は、福井県敦賀市金ヶ崎町にあった日本の城。別名敦賀城(つるがじょう)。城跡は国の史跡に指定されている。本項では支城である天筒山城についても併記する。 |
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| 737.国吉城 ・山城 |
| 国吉城(くによしじょう)は、現在の福井県美浜町佐柿にあった山城である。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた[2][3]。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる[2][4]。 |
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| 738.玄蕃尾城 ・山城 |
| 玄蕃尾城(げんばおじょう)は、福井県敦賀市刀根と滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬の県境にあった山城である。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いにおいて、柴田勝家の本陣が置かれた。平成11年(1999年)7月13日に「玄藩尾城(内中尾山城)跡」として国の史跡に指定されている[1]。また2017年(平成29年)4月6日、「続日本100名城」(140番)に選定された。 |
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| 739.小丸城 ・平城 |
| 小丸城(こまるじょう)は、福井県越前市にあった日本の城である。城跡は県の史跡に指定されている[1]。 |
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| #越前市のの城 #福井県のの城 #全国のの城 |
| 740.新善光寺城 ・平城 |
| 新善光寺城(しんぜんこうじじょう)は福井県越前市京町に所在した南北朝時代の日本の城跡。現在は浄土宗寺院の正覚寺となっている。越前市指定史跡[2]。 |
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| 741.杣山城 ・山城 |
| 杣山城(そまやまじょう)は福井県南条郡南越前町大字瓜生にあった日本の城である。国の史跡に指定されている。 |
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| 742.大黒丸城 ・平山城 |
| 大黒丸城(だいくろまるじょう)は、福井県福井市三宅町・黒丸城町にあった日本の城跡。別名三宅黒丸城。南東の支城小黒丸城と合わせて「黒丸城」と総称される[2]。 |
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| 743.鷹巣城 (越前国) ・山城 |
| 鷹巣城(たかすじょう)、別名・高須城または高栖城[2]は、福井県福井市高須町にあった南北朝時代の日本の城跡。北朝方の斯波高経と南朝方の脇屋義助らによる越前をめぐる争乱で、南朝方最後の拠点となった[3]。 |
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| 744.敦賀城 ・平城 |
| 敦賀城(つるがじょう)は、越前国敦賀郡天筒山(現・福井県敦賀市天筒町)にあった日本の城。 |
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| 745.後瀬山城 ・山城 |
| 後瀬山城(のちせやまじょう)は、福井県小浜市にあった日本の城(山城)。若狭最大級の城であったが、比較的標高の高い山上に築かれていたため、北山麓に水堀を廻らせた常時住まいする大規模な守護館(武田氏館)が設けられていた。東山麓の発心寺も城砦の一部と考える見方がある。城跡は国の史跡に指定されている[1]。 |
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| 746.疋壇城 ・山城 |
| 疋壇城(ひきだじょう)は、福井県敦賀市疋田にあった山城である。越前の戦国大名であった朝倉氏の近江・越前国境守備の役割を担っていた。疋田城と表記されることもある。福井県の史跡に指定されている[1]。 |
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| 747.福井城 ・輪郭式平城 |
| 福井城(ふくいじょう)は、現在の福井県福井市大手にあたる越前国足羽郡北ノ庄(改め福居)のち福井[2]にあった城。本丸の石垣と堀が残るが、二の丸、三の丸はほぼ消滅して市街地化している。形式は平城。本丸と二の丸の縄張りは徳川家康によるものとされる[3]。江戸時代には福井藩主越前松平家の居城、城下町として栄える。なお、本項目では福井城が築城される以前に同地に存在した北ノ庄城についても合わせて記す。 |
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| 748.藤島城 (越前国) ・平城 |
| 藤島城(ふじしまじょう)は、福井県福井市藤島町にあった南北朝時代の日本の城跡。足羽七城の一つ[2]。南朝方の武将・新田義貞がこの城に向かう途上に戦没したエピソードで知られる。 |
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| 749.槇山城 ・山城 |
| 槇山城(まきやまじょう)は、福井県福井市小路町・安原町・栃泉町にある日本の城跡。東郷城(とうごうじょう)・東郷槇山城(とうごうまきやまじょう)とも。福井市指定史跡[1]。 |
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| 750.松岡館 |
| 松岡館(まつおかやかた)は、福井県永平寺町の松岡葵の土地にあった松岡陣屋の別称である。越前松岡藩の藩庁が置かれていた。当時は御館(松岡御館)と呼ばれていた。 |
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| 751.丸岡城 ・連郭式平山城 |
| 丸岡城(まるおかじょう)は、福井県坂井市丸岡町霞にあった日本の城である。別名霞ヶ城。江戸時代には丸岡藩の藩庁であった。現存12天守の一つ。 |
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| 752.丸岡藩砲台跡 |
| 丸岡藩砲台跡(まるおかはんほうだいあと)は、福井県坂井市三国町の梶にある砲台跡。梶台場(かじだいば)ともいう。国の史跡に指定[1][2]されている。 |
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| 753.三国湊城 ・平山城 |
| 三国湊城(みくにみなとじょう)は、越前国三国湊、現在の福井県坂井市三国町にあった日本の城。湊ノ城、千手寺城とも呼ばれる。 |
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| 754.村岡山城 ・山城 |
| 村岡山城(むろこやまじろ、むろこやまじょう)は、福井県勝山市村岡町寺尾にあった日本の城(山城)。同市の地名の由来に関わると言われている(後述)。 |
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| 755.岩殿山城 ・連郭式山城 |
| 岩殿山城(いわどのやまじょう)は、山梨県大月市賑岡町にあった日本の城。標高634メートルの岩殿山に築かれた山城。 |
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| 756.上野原城 |
| 上野原城(うえのはらじょう)は、甲斐国(現在の山梨県上野原市上野原)にかつてあった日本の城である。 |
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| 757.勝沼氏館 ・連郭式平城 |
| 勝沼氏館(かつぬましやかた)は、山梨県甲州市(旧東山梨郡勝沼町字御所)にあった戦国時代の館(日本の城)跡である。1981年(昭和56年)5月28日、国の史跡に指定されている[1]。 |
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| 758.勝山城 (甲斐国八代郡) ・平山城 |
| 勝山城(かつやまじょう)は、山梨県甲府市上曾根に存在した日本の城。 |
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| 759.勝山城 (甲斐国都留郡) ・山城 |
| 勝山城(かつやまじょう)は、山梨県都留市川棚に存在した日本の城。形式は山城。県指定史跡。戦国時代には郡内領主小山田氏の居館谷村館の詰城で、豊臣系大名時代に近世城郭として整備される。江戸時代には谷村藩庁である谷村城の属城で[2]、絵図に拠れば二本の内橋によって連結されていた。現在では城山公園として整備されており、都留市二十一秀峰にも選ばれている。 |
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| 760.甲府城 ・梯郭式平山城 |
| 甲府城(こうふじょう)は、山梨県甲府市にあった日本の城である。別名、舞鶴城(まいづる(ぶかく) じょう)。国の史跡に指定されている[1][2]。 |
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| 761.小山城 (甲斐国) ・平城 |
| 小山城(こやまじょう)は甲斐国、現在の山梨県笛吹市八代町高家(こうか)にかつてあった日本の城である。笛吹市指定史跡[1]。高家小山城公園として整備されている[2]。 |
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| 762.島崎城 (甲斐国) ・平城 |
| 島崎城(しまざきじょう、しまさきじょう)は、甲斐国北巨摩郡大豆生田村(山梨県北杜市須玉町大豆生田)にあった戦国時代の日本の城。城郭形式は平城。一般的には大豆生田砦(まみょうだとりで)という名で知られる。 |
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| 763.新府城 ・連郭式平山城 |
| 新府城(しんぷじょう)は、現在の山梨県韮崎市中田町にかつてあった日本の城である。1973年(昭和48年)には「新府城跡」として国の史跡に指定されており[1]、保存のため公有地化された。本丸跡地には藤武稲荷神社が建立されている。 |
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| 764.躑躅ヶ崎館 ・連郭式平城 |
| 躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)は、山梨県甲府市古府中(甲斐国山梨郡古府中)にあった戦国期の居館(または日本の城)[注 1]。甲斐国守護武田氏の居館で、戦国大名武田氏の領国経営における中心地となる。 |
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| 765.富田城 (甲斐国) ・平城? |
| 富田城(とだじょう)は、山梨県南アルプス市戸田にあった日本の城(城郭)。正確な所在地は不明[1]。戦国時代に西郡の有力国衆大井氏が本拠にしていたと言われる。 |
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| 766.能見城 ・山城 |
| 能見城(のうけんじょう)は、甲斐国巨摩郡穴山(現在の山梨県韮崎市穴山町)にかつてあった日本の城である。 |
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| 767.白山城 (甲斐国) ・山城 |
| 白山城(はくさんじょう)は、山梨県韮崎市神山町鍋山に所在した日本の城。形式は山城。築城者は不明。「白山城」の名は城山中腹に鎮座する白山権現に由来する[1]。別名に鍋山砦[1]、『甲斐国志』では「要害城」を伝える[1]。国の史跡[2]。 |
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| 768.真篠砦 ・山城 |
| 真篠砦(まじのとりで)、または真篠城(まじのじょう)は、山梨県南巨摩郡南部町福士真篠に所在する砦[1]。戦国時代末期の日本の城(山城)。「真篠」は字名。「真篠城跡」の名で山梨県指定史跡[2]。 |
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| 769.御坂城 ・山城 |
| 御坂城(みさかじょう)は甲斐国、現在の山梨県笛吹市と南都留郡富士河口湖町の境に所在する日本の城跡である。笛吹市側は市指定史跡に[2]、富士河口湖町側は町指定史跡に[1]、それぞれ指定されている。 |
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| 770.谷戸城 ・山城 |
| 谷戸城(やとじょう)は、山梨県北杜市大泉町谷戸にあった日本の城(城郭)。形式は山城。谷戸城跡の名称で国の史跡に指定されている[1]。 |
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| 771.谷村城 ・平城 |
| 谷村城(やむらじょう)は、山梨県都留市上谷一丁目にあった日本の城(城郭)。甲斐国東部の郡内地方を領した国衆である小山田氏の居館または近世の大名居館。谷村館。 |
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| 772.要害山城 ・山城 |
| 要害山城(ようがいやまじょう・ようがいざんじょう・ようがいさんじょう)は、山梨県甲府市上積翠寺町(かみせきすいじまち)にあった日本の城。躑躅ヶ崎館(武田氏館跡)の詰城として築かれた山城である。1991年(平成3年)に国の史跡に指定された[2]。要害城、積翠山城とも呼ばれる。なお、甲府名山にも選定されている。 |
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| 773.連方屋敷 |
| 連方屋敷(れんぽうやしき)は、山梨県山梨市三ヶ所新町に所在する屋敷跡。戦国時代に甲斐武田氏の蔵前衆であった古屋氏の屋敷跡である。 |
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| 774.若神子城 ・山城 |
| 若神子城(わかみこじょう)は、山梨県北杜市須玉町若神子にあった日本の城。中世の山城で、現在は城跡が残り(若神子城跡)、[1]北杜市指定史跡となっている[2]。 |
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